月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story0.920 存在の理由

病弱な姉と、それを支える妹。
そんな設定で借りている部屋のチャイムが鳴る。
その音に、部屋の奥でトレーニングをしていたカレンは、ダンベルを置いて立ち上がった。
「はーい」
独特の鳴らし方は、他の場所に潜伏している仲間と決めた、彼らだけの合図。
それがわかっていたから、ほんの少しだけ警戒心を緩め、扉を開けた。

「よお、元気か?」

扉を開いた瞬間、声をかけてきたのはこの1年ですっかりお馴染みになった顔。
濃い青の髪の男性と、光を弾く銀の髪を持った少年だった。

「卜部さん!それに、ライっ!」
「こんにちは、カレン。元気そうで何より」

名前を呼んだ瞬間、銀の少年がにこりと笑う。
それにカレンが答えようとしたそのとき、部屋の奥から、もう1人の主が姿を見せた。

「ああ、やっと来たのか、お前たち。今回の差し入れは何だ?」
「C.C.。……相変わらずみたいだね」

再会早々に物を要求する魔女の姿に、ライは軽くため息をつく。
そんな彼とは正反対に、卜部は尋ねられるのを待っていたとばかりに手にしていた風呂敷包みを持ち上げた。

「今日は日本の味、肉じゃがだぞ。心して味わえ!」

前回の差し入れも、評判がよかった。
だから当然感謝の言葉が返ってくると思っていた卜部は、メニューを口にすると同時にC.C.が浮かべた表情に眉を潜めた。
「……って、何だその顔は」
「いや、昨日まで4日連続カレーだったものでな」
「ああ、なるほど。材料対して変わらないもんなぁ」
自分が手にした風呂敷包みに視線を落とし、卜部はすまなそうに呟く。
カレーも肉じゃがも、ジャガイモ、肉、にんじん、玉ねぎを使う。
違うのは糸こんにゃくが入っているか否か程度で、味が全く違うとはいえ、さすがに4日も続いた後では、材料に飽きが来るだろう。
「まったく。来る前に連絡を遣せば教えてやれたものの。使えん奴らだ」
「せっかく持ってきてやったのに、酷い言われようだなぁ」
「この程度の文句で済むんだ。ありがたく思えメープル男」
「何だと!メープルシロップのどこが悪い!」
「あー、はいはい卜部さん、落ち着いてー。でも僕も目玉焼きにメープルシロップはどうかと思います」
「だろう!」
「やっぱり日本人ならソースよね!」
「ごめん、カレン。僕は何もかけない派なんだ。っていうか、いつまで玄関先にいる気なんですか。3人とも一応指名手配されている身なんですから、さっさと中に入ってください」
ライが睨みつけるような目で卜部を見上げ、その背を押す。
それに漸く我に返ったらしいカレンが、慌てて2人を中に招き入れる。

「それにしても、本当に気の利かない奴らだ」
「お前なぁ!次からもう何も作ってきてやらないぞ!」

カレンが扉を閉めた後も、C.C.と卜部の言い争いは続いていた。
その光景を見て、ライはふうっとため息をつく。

「仕方ないな。僕が何か作るよ」

この言葉を告げた途端、ぴたりとC.C.の声が止まった。
何かと思って視線を向ければ、彼女は何故か先ほど卜部に向けたものよりも嫌そうな表情を浮かべ、こちらを凝視していた。
「……って、C.C.。その顔は何だ」
「いや、ルルーシュから、お前をキッチンに立たせるなときつく言われていたからな」
「あ、あれは1年以上も前のことだろうっ!必要に迫られてたんだから、少しはできるようになったさ!」
C.C.の言葉に思い当たることがあったのか、ライが顔を真っ赤にして叫ぶ。
珍しい彼の表情に、隣に立っていたカレンは目を丸くした。
「だいだいルルーシュも、泡立て器の角度間違えたこと、いつまで引っ張る気なんだよ」
「包丁で手を切りかけたとも聞いているが」
「だから!1年以上も前の話だって言ってるだろっ!いいから任せてもらう!」
完全にむきになって叫ぶと、ライは持ってきた袋を持ってキッチンへ入っていく。
どうやら、ここに来るまでの間に材料も調達していたらしかった。
ライの主張を信じる気がないのか、ますます嫌そうな顔を浮かべるC.C.に、先ほどとは一変し、楽しそうな表情になった卜部が笑う。
「大丈夫だって。本当にライは上達したさ。最初は酷いもんだったけどな」
「卜部さん!余計なこと言わないで下さいっ!」
くつくつと笑う卜部に向かって、ライが大声で怒鳴る。
今すぐ包丁が飛んできそうな勢いなそれも、卜部は楽しそうに笑ったままお座なりな答えを返す。
暫く呆然とその光景を見つめていたカレンは、ライの姿が完全にキッチンに消えたことに気づき、我に返った。

「待って、ライ」

放置してあるピザの箱を避け、キッチンに入る。
既に準備を始めていたライは、一瞬恐ろしいほどの目でこちらを睨みつけたが、入ってきたのがカレンだとわかると、軽く目を瞠った後、薄く微笑んで謝った。

「手伝うわ。何処に何があるか、わからないでしょう?」
「ああ、ありがとう」

カレンの言葉に、ライは嬉しそうに笑った。
そのまま2人で材料を取り出し、料理を始める。
本人や卜部が主張していたとおり、ライの料理の腕はだいぶ上達していた。
包丁を扱う手にも危なっかしさはなく、C.C.の話こそ嘘だったのではないかと思ってしまえるくらいだ。

「それにしたって、カレンも料理うまいんだから、いろいろ作ってあげればいいのに」
「面倒なのよ。あいつ、隙を見せればピザ頼んでるし」
「まあ、あれ相手じゃ作る気なくなるのはわかるけど」
漸く落ち着きを取り戻したらしいライが、くすくすと笑う。
彼女たちがどんな食生活をしているのかは、周囲を見れば一目瞭然だった。
卜部が彼女たちに差し入れを持ってくるようになったのは、この惨状を見たからに違いない。
同意をしてくれたライに「そうでしょう」と頷いて答えれば、彼の笑う声がぴたりと止まった。
不思議に思って顔を向ければ、ライは手元に視線を落としたまま、懐かしそうに笑って。

「でも、カレンの手料理、僕は好きだけどな」

柔らかな、優しい声でそう言われた途端、カレンの顔がぼんっという音を立てんばかりの勢いで真っ赤に染まった。
返事を返さないカレンを不思議に思ったのか、ライが手を止め、そちらを見る。
慌てて顔を見られないように背を向けて、ライが持ってきた袋の中をがさがさと漁った。

「そ、そこまで言うなら、考えておくわ」
「うん。楽しみにしてるよ」

意識なんてしていないフリをして、突き放すような言い方で答える。
そんな自分を、ライが微笑ましく見つめているなんて、背を向けてしまったカレンは気づかなかった。






「それで、状況はどうなんだ?」

ライとカレンが2人で用意した食事に箸を伸ばしながら、C.C.が尋ねる。
焼きたての魚が、白い飯と合って美味いと褒めてから、卜部は真剣な表情で口を開いた。
「今のところは予定どおりだ」
「リヴァルの端末から、今後の賭けチェスの予定も引き出した。あとは、飛行船の手配だけだ。もっとも、それが一番の問題なんだけど」
「お前がやればいいだろう、ライ」
「『奇跡』を起こせと?」
「そこまでは言っていない。だが、そんなものに頼らなくても、お前にはそれが出来る程度の力はあるだろう?」
「信用してくれるのはありがたいね」
「事実を言ったまでだ。少なくとも、卜部よりは安心だしな」
「おいおい!俺は信用ないってか?」
「前科がありますからね。卜部さんには」
声を上げる卜部に、カレンがあっさりと事実を突きつける。
それにC.C.とライが揃って頷いてしまえば、卜部は何も言い返せない。
トウキョウを離れている間、彼が集めた情報が的外れなものばかりだったのことは事実なのだ。
ライが戻ってから、ずいぶん情報の正確性が増した。
だから、C.C.が卜部ではなく、ライを頼るのは当然の流れだった。

「別に引き受けてもかまわないよ。ルルーシュを――ゼロを取り戻すためなら、僕は何だってするつもりだから」

ライの言葉に、他の3人は思わず動きを止めた。
彼の声は、それまでのものとは違い、とても真剣で、思いつめているような雰囲気さえ感じたから。

「ライ……」
「カレン、C.C.、卜部さん」

カレンが名を呼ぶと同時に、ライが顔を上げる。
その紫紺の瞳を見た瞬間、カレンは思わず息を呑む。
真っ直ぐに自分たちを見つめる瞳には、1年前の彼が決して浮かべることのなかった、強い光が浮かんでいた。

「僕は、ルルーシュが大事なんだ」

テーブルの上に置いたままの拳が、ぎゅっと握られる。
白くなるほど力の込められたそれに、C.C.が目を細めた。

「僕は、僕が取り戻した記憶が怖くて、昔の自分が怖くて、逃げ出した。学園から、黒の騎士団から、ルルーシュから。傷つけたくなかったから、それが一番だと思った」

ライの過去を、カレンと卜部は知らない。
記憶を全て思い出したということは聞いていたが、ライ本人が過去のことを口にしたがらないから、無理に聞こうとは思わなかった。

「でも、それは僕の思い込みでしかなかったんだって、僕を迎えに来たC.C.、君に教えられた」
「……そうだな。お前があのまま騎士団に居れば、何かが変わっていたかもしれない」
「ちょっと!C.C.っ!!」
「いいんだカレン。C.C.の言うことは、事実だから」
「でもっ!」
「いいんだ」

C.C.を責めることをしないライに不満を感じながら、カレンはしぶしぶ腰を下ろす。
それに薄く笑みを浮かべ、礼を告げると、ライは一度目を閉じた。
深く息を吐き出すライが、何を考えているのか。
彼の過去を知らない卜部とカレンにはわからない。
ただ、C.C.だけが気づいていた。
再び目覚めたあの日から、ライの中に生まれたたったひとつの想いに。

「だから、僕は彼を取り戻すためなら、何でもする。そのために、僕は黒の騎士団に戻ってきた」

ゆっくりと目を開けて、ライは宣言する。
今の彼にとって唯一の、果たさなければならない目的。
それを果たす。
ただ、それだけのために、黒の騎士団で戦うと。

「ゼロを取り戻せないのなら、僕にとって日本も黒の騎士団も、意味がないんだ」

ライの手が、自身の胸を胸を掴む。
ぎゅっと目を閉じるその姿に、卜部は目を細めた。

「君は、本当にゼロのことが好きなんだな」
「ええ、好きです。彼がいないと、息苦しくて仕方がないくらいに」

今のライにとって、ルルーシュの存在だけが全てだ。
彼がいたから、世界に色が溢れた。
彼が、世界に色があることを教えてくれた。
再び目覚めた、彼のいない世界は、何処までも灰色で、冷たい。
カレンも卜部もC.C.も、こんなにも自分に優しくしてくれるのに、それがどこか遠くにすら感じる。

「だから、僕は彼を取り戻します。取り戻して、今度こそ守り抜く」

たとえ、目の前に立ちはだかるのが、スザクであろうと。
ルルーシュを傷つけるというのなら、容赦はしない。
恨まれようと憎まれようと、かまわない。
ずっとずっと傍にいて、守り抜く。

「二度と、彼を独りにしたりなんかしない」

本当の彼を、知っているから。
人を信じることを怖がり、なかなか自分から手を伸ばすことができず、1人で抱え込んでしまう彼を。
誰よりも強くて、誰よりも優しくて、そして誰よりも弱い彼を、知っているから。
その彼を守るために、独りにしないために。
今度こそ、あの日の誓約を果たすのだ。

「だから、どうか力を貸してください」

テーブルに両手をついて、頭を下げる。
突然のライのその行為に、C.C.は目を丸くし、カレンは驚いて声を上げた。

「何言ってるの!それは私たちのセリフよ!ねぇ、卜部さん!」
「ああ。我々には今、君の力が必要だ」

ブラックリベリオンで、一斉に捕らえられてしまった黒の騎士団。
卜部とカレンは、あの時別行動をしていたから助かった。
けれど、同じように助かったのは、あの時卜部と行動を共にしていた少数のみ。
決定的な力に欠けた今の騎士団に、かつてゼロの片腕として彼の補佐をしていたライの存在は、欠かせないものになっていた。

ゆっくりと頭を上げたライに、卜部は手を差し出す。
驚いたように自分を見る少年に、彼は優しく、けれど凛とした顔で微笑んだ。

「黒の騎士団のため、日本のために、ゼロを取り戻す。そのために、ライ、君の力を貸してほしい」
「ええ、喜んで」

ライが、差し出された手を取る。
しっかりと握手を交わす2人の姿に、カレンは嬉しそうに微笑み、C.C.は興味がないと言わんばかりに視線を逸らす。
黙々と食事を続ける魔女の口元には、優しい笑みが浮かび上がっていたのだけれど、幸いなことに、それに気づく者はいなかった。




2008.9.20