月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story0.138 優しい想い出

とんとんと扉をノックする音が聞こえ、少し遅れて扉が開く。

「こんにちは、ナナリー」
「あら。いらっしゃいませ、スザクさん」

聞き慣れた幼馴染の声に、ナナリーは笑みを浮かべた。
ダイニングに入ってきたスザクは、いつもならすぐにナナリーの傍へやってくる。
それが少し遅れたことに気づいたナナリーは、不思議そうに首を傾げた。
「あれ?今日は1人?」
「いいえ。ほら」
声をかけるより先にスザクに問いかけられ、その理由に気づいたナナリーは、にっこりと笑って隣のキッチンを示す。
その途端、キッチンから聞こえてきた声に驚き、ナナリーもそちらへ視線を向けた。

「お、おい!何やってるんだ!?ライっ!」
「え?何ってこれを……うわあっ!?」
「おいっ!うわああああっ!?」

2人分の悲鳴と、何かが落下する音が響く。

「お兄様!?ライさん!?」
「僕が見てくるよ」

そう告げたスザクの気配が離れ、声が遠ざかる。
はらはらとその気配を見送ったナナリーは、扉の向こうの声を聞き取ろうと耳を澄ませた。

「ルルーシュ!ライ!」
「「スザク!?」」
「何やってるんだ!うわっ!?どうしたんだよ?この卵っ!?」
「ライが、待てと言うのに泡立て器のスイッチを入れたんだ!」
「だって、まさかこんなに飛ぶとは思わなかったんだって!」
「あんな入れ方したら飛び散るに決まっているだろうっ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ様子から察するに、ルルーシュにもライにも怪我はないようだった。
それに安堵の息をついて、再び耳を済ませた。

「とりあえず、ほら。2人ともタオル」
「あ、ああ。すまないな、スザク」
「どういたしまして。ほーら。ライも」
「う、うん。ありがとう」
「それで、この卵をどうするつもりだったんだい?」
「ああ……。それは……」

はっきりと聞こえてきた声が、小さくなる。
聞き取れないそれに、ナナリーは不安そうに眉を寄せた。
暫くして、スザクの納得したような声が聞こえた。

「ああ、なるほど。……うん、じゃあ、これは僕がやるよ」
「スザクが?」
「何だよ、ライ。これでも、僕こういうのは得意なんだぞ」
「下準備だけな」
「下準備だけ……」
「何だよ!ルルーシュの手伝いくらいしかした経験ないんだから、仕方ないだろ?ほら!ルルーシュ、卵取って」
「はいはい。よろしく頼むぞ。ライはそっちのそれ、カットしてくれ」
「了解」

会話が途切れ、代わりに響いてくるのは規則正しいモーター音と、危なっかしい包丁の音。
時々上がる声に驚きながらも、自分が行けば足手まといになると自覚しているナナリーは、ただひたすら彼らが戻ってくるのを待っていた。
暫くして、足音がこちらに近づいてきたことに気づき、不安そうに声をかけた。

「お兄様?スザクさん?ライさん?」
「ああ、すまない。待たせたな、ナナリー」
「2人とも、その前にシャワー浴びてきなよ」
「塗れタオルで拭いたから大丈夫だよ。服にはあんまりついてないし。それよりも」

ライの声に、ルルーシュがナナリーの傍に近づく。
すぐ傍で立ち止まると、テーブルの上にことりと何かを置く音がした。

「ほら、ナナリー」

ほら、と言われても、目の見えないナナリーには何が置かれたのかわからない。
けれど、漂ってくる香りに、何となくその正体を悟った。

「甘い匂い……。クリームですか?」
「この前、会長が買ってきたハコダテ租界の有名店のケーキ、食べたがってただろう?」
「さすがに買いには行けないから、僕たちで再現してみたんだ」
「君は邪魔しかしてなかったと思うよ、ライ」
「う、うるさいな!料理なんてした記憶ないんだから、仕方ないだろう!?」

あの冷静なライが、珍しくスザクに対して怒っている。
それにくすくすと笑いながら、ルルーシュはそっとナナリーの手にその手を乗せた。

「本物じゃないから、味は保障できないけど。これじゃ駄目かな?」
「……いいえ」

優しい兄の問いに、ナナリーは首を振る。
そして、不安そうな表情をしているだろう彼に、にっこりと笑ったみせた。

「嬉しいです!ありがとうございます!お兄様!スザクさん!ライさん!」

素直にお礼を告げた瞬間、目の前にある兄の気配が、少し離れた場所に立っているだろう2人の気配が、嬉しそうに緩む。

「よかった……。じゃあ、俺は紅茶の用意をしてくるな。スザク、よろしく」
「ああ」

きっと優しい笑顔を浮かべているだろう兄が、安心したようにそう言い、立ち上がる。
かたんと音がしたから、ルルーシュがスザクに何かを渡したのだろう。
それを見たらしいライが、不思議そうな声を出した。

「あれ?何でスザク?アシスタントは僕だったのに」
「料理に関しては、お前は信用できないことがわかったからな」
「ええっ!?ルルーシュ酷いぞっ!?」
「自業自得だろ。待ってて、ナナリー。すぐに切るからね」
「はい!」

スザクの言葉に、ナナリーは笑顔で答える。
まだライが文句を言っていたけれど、ルルーシュとスザクはそれを無視することに決めたらしい。
不満だと言わんばかりの気配をはっきりと発するライに、ナナリーはくすくすと笑った。
それを見て完全に拗ねてしまったライを宥めたのは、紅茶の準備を終えて戻ってきたルルーシュで。
その様子に、スザクと2人でやっぱり笑ってしまった。






楽しかった時間、優しかった時間、嬉しかった時間。
その全ては、今ではとても遠く。
もう二度と、戻れない。




2008.9.15~2008.9.23 拍手掲載
2008.9.23 加筆