月光の希望-Lunalight Hope-

暖かな時間

「あの、すみません」

行政特区日本の政庁。
日本人の女性と共にそこを訪れた車椅子の少女が、受付だろう場所にいる男性に声をかける。
男はブリタニア人の少女が声をかけたことに驚いたようだったが、すぐににこやかな笑みを浮かべた。

「はい。どうかしましたか?」
「会いたい方がいるのですが、お会いできるでしょうか?」
「確認してみないことには……。その方の名前はわかりますか?」
「はい」

少女はにっこりと笑う。
そして告げたのは、この特区の要となっている人物の名前。

「黒の騎士団の紅月カレンさんと、ライ・エイドさんです」

穏やかな笑顔を浮かべる少女から出たその名前に、男は驚き、声を上げていた。






「扇さん」
「ああ、カレン、ライ」
「漸く来たのか、お前ら」

部屋に入るなり、扇と玉城に名を呼ばれる。
軍部にある格納庫でナイトメアの整備をしていたため、パイロットスーツのままだった2人は、そのまま扇の傍へ駆け寄った。
「緊急呼び出しって、どうかしたんですか?」
「ああ。君たちに会いたいという子が来ていてな」
「僕たちに会いたい子?」
扇の言葉に、2人は不思議そうに首を傾げた。

子、ということは、生徒会の誰かだろうか。
彼らが、こんなところまでわざわざ自分たちに会いに来るとは思えない。
ミレイとリヴァル、シャーリーならばともかく、ニーナはイレブンが嫌いなはずだ。
それに、彼女ならば自分たちではなく、ユーフェミアに会いに来るだろう。

「それがさぁ。ブリキのガキなんだぜ?日本人のメイド連れてさ!」
「約束をしてるなんて言っていたんだが、君たちに面会予定は入っていないし、とりあえず確かめてもらおうと思ってね」
鬱陶しいといわんばかりの玉城を無視し、扇がフロントに繋がる通信モニターを操作する。
その途端、目の前に映し出された少女の姿に、2人は目を瞠った。

「え?」
「あれって、まさか……」

車椅子に乗った、アッシュフォード学園の中等部の制服を着た少女。
日本人の女性を連れたその少女は、自分たちがよく知る少女。

「「ナナリーっ!?」」

そう、最愛の主であるルルーシュの妹姫だった。






その日、ルルーシュは朝から机に向かっていた。
特区設立から数か月、漸く軌道に乗ってきたといっても、まだまだ問題は山済みだ。
加えて、書類の処理は8割がた日本代表のゼロの仕事となっている。
本当は分けたいところだが、ユーフェミアに任せていたら終わらないのだ。
だからユーフェミアのところに行くのは、ルルーシュが確認した後の、総代表のサインが必要なものがほとんどで、ルルーシュのように完全に未処理の書類を最初から見るということはなかった。
今日も今日とて、ルルーシュは書類の処理に追われていた。
しかも半分が、1週間後の会議までに目を通さなければならないものだ。
だからこそ、人払いをして、集中していた。
けれど、それは突然室内に響いたドアホンの影響で途切れることとなる。

「誰だ?」
『カレンです』

少し苛ついた声で尋ねれば、帰ってきたのは自分が信頼を置く騎士の片割れの声。
その声に、ほんの少しだけ気を抜く。

「どうした?」
『ゼロにお客様がお見えです』
「私に?」

予定外の来客に、思わず眉間に皺が寄る。
こんなときに誰だと苛立ちもしたが、ゼロの片腕として名を上げているカレンが直接案内してくるとすれば、かなり重要人物であるという可能性が窺えた。
ならば、追い返すことは逆に自分の不利になる。
そう考えたルルーシュは、机の上に置いていた仮面を取った。

「一緒にいるのはお前だけか?」
『いえ、ライもいます』

騎士団の双璧が、2人揃って案内をしてくる人物。
これはいよいよ本当に重要人物だと判断し、仮面を被る。

「わかった。入れ」

そう告げれば、仮面を被る余裕があるほどの時間を開け、扉が開いた。
「失礼します」
しゅんっという軽い機械音と共に、開く扉。
そこから入ってきたのは、紅いパイロットスーツを纏ったままのカレンと、もう2人。
濃い青のパイロットスーツに身を包んだライと、彼に車椅子を押された少女。

「こんにちは、お兄様」
「ナナリーっ!?」

一瞬呆然とその姿に見入ったルルーシュは、ナナリーの言葉に我に返った。
すぐに仮面を取ると、そのまま彼女の前まで歩く。
ギアスは相変わらず暴走したままだが、目が見えず、ずっと瞼を閉じたままのナナリーは、ギアスにかかる心配はない。
だから何の対策もすることなく、ルルーシュはナナリーの手を取り、その前に膝をついた。

「どうしてここに?」
「お兄様に会いたくなっちゃって。咲世子さんに連れてきてもらいました」

照れたように笑うナナリーに、ほんの少し心が和らぐ。
けれど、すぐに浮かんだ問題点に気づいて、彼女の後ろに立つ2人の騎士に視線を向けた。
その視線の意味に気づいたのか、ライがふわりと笑う。
「ああ、大丈夫だよ。スザクやユーフェミア総代表とは鉢合わせしていないし、フロントには僕とカレンが呼び出されたから」
「アッシュフォード学園の友達に会いに来たってね」
ライの隣に立つカレンも、楽しそうに微笑む。

一般人であるナナリーが、特区の日本代表であるゼロに相手に来た言っても、会わせてもらえるはずがない。
それを理解していたからこそ、ナナリーはライとカレンを呼び出したのだ。
アッシュフォード学園という繋がりを使って、事情を知る2人に頼み、もう数か月会っていない最愛の兄に会いに来た。

「会いに来ること自体が危険なことは分かっています。でも、どうしても会いたかったんです」
「ナナリー……」
切なさが含まれたその声に、ルルーシュが表情を歪める。
「すまない。ずっと、帰れなくて……」
「いいんです。お兄様はちゃんと電話を下さいますし。私のためにがんばってくださっていることも、知っています。だから、今日のは本当に、私のわがままなんです」

ナナリーは、ルルーシュのギアスを知っている。
ギアスが暴走している彼が、仮面なしで人前に出ることができなくなっていることも、理解している。
だからこそ、ルルーシュは本国留学という偽りの理由で学園を休学し、行政特区のあるこのシズオカにつめている。
それも、全部知っていて、理解しているつもりだ。
けれど、今までずっと一緒にいた兄妹とこんなにも長く離れているのだ。
寂しいという気持ちは、拭えない。
でも、だからこそ。

「少しくらい、わがまま言ってもいいですか?」

ルルーシュを見上げるナナリーは、本当に寂しそうな表情をしていた。
ナナリーを何よりも大事にしているルルーシュが、そんな妹の願いを断れることなど、できるはずがない。
何より、ルルーシュもずっとナナリーに会いたがっていた。

「ああ、もちろんだ」

だからルルーシュは微笑む。
最愛の妹と一緒にいることのできる時間を素直に喜ぶ。

その2人を、暖かい目で見守っていた騎士の1人――ライが、唐突に口を開いた。
「ルルーシュ、僕たちは少し外すよ。隣の部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ。ああ、そうそう。あれは貰っていくから」
「え?」
ルルーシュが驚く間もなく、部屋の奥に進んだライが、ひょいっと書類を抱える。
それを目にしたルルーシュは、一瞬目を丸くし、慌てて声を上げた。
「だが、それは……」
「仕事があったら、ナナリーとゆっくりできないでしょ?」
「そうだよ。せっかくナナリーが遊びに来たんだ。少しは妹孝行すればいい」
にこにこと笑うライが、持ちきれない山をカレンに渡す。
それを受け取りながら、カレンもにこりと笑った。
「大丈夫よ。これは私とライで変わりにやっておくから」
「……よく言うよ」
上機嫌なカレンの隣で、ライが小さくため息をつく。

カレンは、パイロットとしては超人級の腕を持つが、書類整理はどちらかというと苦手だ。
それは、カレンの分の書類までライが引き受けていることを見れば一目瞭然。
けれど、その全てを引き受けているライの能力は確かだった。
さすが元一国の主というべきか、目を通すのは人よりもずっと早いのに、処理は的確。
以前ミレイが、ルルーシュが真面目に仕事をすればこんな感じだと言っていたが、なるほど、そうかもしれないと感心してしまったことは、まだ記憶に新しい。

そのライがいるのならば、任せても安心だと思う。
けれど、2人にだって仕事があるのだ。
自分の仕事を押し付けてしまうわけにはいかないと思うのに。

「安心して、ルルーシュ。今日の私たちの仕事、ナイトメアの整備だけだから」
「暴動鎮圧作戦の書類も今朝提出した。ちょうど手が空いたところだったんだ」

そう言って、カレンとライが綺麗に笑うから、逆に断る方が悪いような気がした。
だから、ルルーシュは折れる。
誰よりも自分のことを考えてくれる2人の意思を尊重するために、素直になる。

「ああ。すまない」
「そう思ってるなら、今日はたっぷりナナリーを甘やかしてあげて」

そう言ったカレンが、ナナリーに向けてウインクを送る。
視線で気づいたのか、ナナリーは振り向くと、可愛らしい笑顔を向けた。

「じゃあ、僕らはこれで」
「ナナリー、ゆっくりして行ってね」

2人が笑顔でそう告げ、踵を返す。
ライよりも抱える書類の少ないカレンの手が、扉の開閉ボタンにかかった瞬間、ルルーシュは反射的に顔を上げ、言わなければならない言葉を告げた。

「……ありがとう」

ほんの少し小さくなったしまったその言葉は、けれど2人にはしっかりと届いたらしい。
何故か驚きの表情を浮かべた2人が、同時に振り返る。
その顔を見た途端、恥ずかしくなって、視線を逸らした。

だから、ルルーシュは知らない。
振り返った2人が、満面の笑みを浮かべていたことを。

「「どういたしまして」」

笑顔でそう告げると、2人は今度こそ退出する。
部屋に残されたのは、最愛の妹に溢れんばかりの笑顔を向けるルルーシュと、最愛の兄に甘えるナナリーだけだった。




やっとナナリーが出せた~。
ルルーシュ大好きなナナリー。
ルルナナの幸せが大切なライカレ。
この2つが書きたかっただけです。



2008.8.3