月光の希望-Lunalight Hope-

黒の騎士

その日、スザクは暫くぶりに学園に顔を見せていた。
1日休みをもらえた彼は、珍しく朝から学校にいる。
4限目の授業が終わった後、彼はルルーシュを昼食に誘おうと辺りを見回した。
生徒会に入って以来、2人が揃って学園にいるときは常にそうしていたから、それが習慣になっていた。
けれど、そこにはルルーシュの姿は見当たらなかった。
「あれ?ルルーシュは?」
「ん?ああ、あいつなら、ライとカレンと一緒に出てったぜ」
「え?2人と?」
リヴァルの言葉に、スザクは振り返る。
いつものように頭の後ろで手を組んだ彼は、にやにやと笑いながら答えた。
「なーんか最近あの3人仲いいんだよなぁ」
「そうそう。お昼になるとね、すぐに出て行くの。それで、ナナちゃんと4人で、中庭でピクニックしてるのよ」
「4人で……」
話を聞いていたらしいシャーリーの言葉に、複雑な思いに駆られる。

スザクは神根島の一件で、ライとカレンが黒の騎士団に所属していることを知った。
その2人が、ルルーシュたち兄妹と一緒にいるという事実が、スザクを不安にさせる。
彼らを疑いたくはないのに、疑ってしまう。
ゼロがルルーシュを狙っているのではないか。
2人が、ルルーシュがブリタニアを憎んでいると知って、仲間に引き込もうとしているのではないか。
いいや、そうでもなくて、本当は……。

行き着いた答えを否定したくて、ぶるぶると頭を振る。
その仕種に何を思ったのか、リヴァルがにたりと笑った。
「何だー?寂しいのか?スザク」
「そんなんじゃないよ」
「いーや、絶対にそうだね。顔に書いてある」
顔を覗きこんでにたにたと笑うリヴァルに、苦笑を返す。
まさか、今考えていることを2人に打ち明けられるはずがないから、このまま誤魔化してしまおうと思った。
その苦笑を、2人はうまく勘違いしてくれたようだ。
「行ってみれば?スザク君なら、喜んで入れてくれるんじゃない?」
優しい笑顔を浮かべたシャーリーが、提案してくれる。
最近は他人ごっこと言ってあまりルルーシュと話さなくなってしまった彼女だけれど、こういうところでは彼のことをしっかりと理解しているのだと、ほんの少しだけ安心した。
「……うん。ありがとう」
優しい彼女に素直に礼を告げ、教室を出る。
ひとまず購買に寄ってから、彼らがいるという中庭に足を向けた。






シャーリーの言うとおり、彼らは中庭にいた。
4人――正確には咲世子もいれた5人――は、中庭の一角にビニールシートを敷いて弁当を広げている。
今はシートに座っているナナリーの車椅子の上に、見覚えるあるバック。
それは今日、カレンが持っていたものだった。
そうだとするなら、あの数々のお弁当は、彼女が作ってきたものなのだろうか。
神根島で本当のカレンを知ったスザクにとって、それは意外なことだった。

まじまじと5人を見つめていたら、ふと顔を上げた咲世子と目が合う。
「スザク様」
咲世子のその声に談笑がぴたりと止み、4人が一斉にこちらを見た。
一瞬、その視線に殺気を感じたような気がして、体が竦んだ。
「ああ、スザク」
けれど、その感覚はルルーシュの笑顔で飛散する。
「こんにちは、スザクさん。今日はいらしてたんですね」
「うん。久しぶりに1日休みをもらえたんだ」
「そうですか。よかったですね」
にこりと微笑むナナリーの声が、いつもと違うような気がした。
けれど、その笑顔はいつもと変わらないから、きっと勘違いだと思い込む。
気遣ってくれる彼女に礼を言って、その手前に視線を落とす。
そこにいたのは、複雑な表情で自分を見上げているライと、普段のお嬢様の仮面を殴り捨て、挑むような視線を向けてくるカレン。

「ライ、カレン」

呼びかければ、すうっと2人が目を細めた。
自分の声音で、呼びかけた理由に気づいたのだろう。

「少しいいかな?話があるんだ」
「ええ、いいわよ。私たちも、あなたと話したいと思っていたから。ねぇ?」
「……ああ」

頷いた2人が立ち上がる。
その2人を見た途端、ルルーシュの表情が崩れた。
「あ……」
不安そうな顔で、2人に向かって手を伸ばす。
それにいち早く気づいたライが、伸ばされたその手を取って微笑んだ。

「大丈夫だよ」

それは本当に優しい、柔らかい笑み。
その笑みを見た瞬間、ずきんと胸が痛む。
ライと顔を合わせたルルーシュが、安心したように微笑むのを見てしまったから。

「喧嘩しに行くわけじゃないから。な?スザク」
「……ああ、もちろんだよ」

振り返ったライの顔から、その笑みは完全に消えていた。
思わず拳を握りこんで、感じたその痛みに耐えた。






「それで、話って何かしら?」

中庭の、ちょうど周囲から死角となる場所。
お嬢様の仮面を投げ捨てたカレンが、鋭い目でこちらを睨む。
「そんなに警戒しなくても」
「警戒しないわけないだろう」
苦笑するスザクに、はっきりとそう答えたのはライだった。
彼も普段の柔らかい雰囲気を投げ捨て、冷たい視線を向けている。

「僕たち2人だけを、こんな死角に連れ込んだんだ。穏やかな話じゃないんだろう?」

穏やかな話なら、ルルーシュとナナリーの前ですればよい。
そうせずにこんなところまで呼び出したということは、自分たちの隠した『真実』に関わる話だということだと、彼らはわかっているのだ。
だからスザクも、無理矢理浮かべた笑顔を消して、鋭い瞳で2人を睨む。

「……リヴァルから、聞いた。最近、君たちがルルーシュと仲がいいって」

そう問いかけた途端目を丸くしたカレンが、楽しそうににやりと笑う。
「あら?何?嫉妬?」
「違う。どういうつもりなのか、聞きたいだけだ」
「それってどういう意味?」
浮かんでいた笑みが消える。
無表情に近い顔に埋め込まれた空色の瞳がスザクを射抜く。

「何が目的で、あの2人に近づいている?」
「目的って、2人と仲良くなるのが目的じゃいけないのか?」

スザクが問いかけた途端、間髪いれずに問いを返したのはカレンではなく、ライ。
表情ひとつ動かすことなく自分を見つめていた彼が、いつもよりも低い声で問い返す。

「確かにカレンはルルーシュとそんなに仲が良くなかったかもな。でも、僕は前から仲がいいつもりだけど?」
「それに、もともと私はライと仲が良かったわ。なら、私がライを通してルルーシュと仲良くなったとしても、不思議はないでしょう?」
「それは、そうだけど……」

2人の言うことは尤もだった。
いつの間にか、ルルーシュはライを傍に置くようになっていた。
そのライと、カレンは最初から仲が良かった。
ライという存在で繋がる2人が、仲良くなることは不思議ではない。
その理屈は分かるけれど、だけど……。

俯いたスザクは、気づかなかった。
ライが、学園では決して浮かべることのない、悪魔の笑みを浮かべていたことに。

「それとも、黒の騎士団が想い人に近づくのが許せない、か?」
「……っ!?」

目を見開いて顔を上げた途端、目に入ったライの笑顔に絶句する。
その隣で驚きの表情を浮かべていたカレンも、一瞬遅れて彼と同じ笑みを浮かべた。
まるで勝者が敗者を侮辱するような、そんな笑み。

「安心していいよ、スザク。僕らがルルーシュを騎士団に引き込むことはないから」
「そうね。それだけは絶対にない。断言するわ」
「何、を……」

声が震えるのを必死で押さえ、搾り出す。
その途端、2人の笑みがますます深くなった。

「だって、それを危惧しているから警戒したんだろう?違うか?」

びくりと体が震える。
それを気づかれないように、必死で拳を握って耐えた。

彼らの言うとおりだった。
ルルーシュが、ブリタニアを憎んでいることを知っている。
黒の騎士団を否定するどころか、賛同するような意見を持っていることも知っている。
だからこそ、不安だった。
黒の騎士団の、それもゼロに近い立場にいる2人が、ルルーシュに近づくことが。

「もう一度言うよ、スザク」

そんなスザクの心情などお見通しだといわんばかりに、ライが口を開く。
浮かべた笑みを、より一層深くして、告げる。

「僕たち黒の騎士団が、ルルーシュを引き込むことはもちろん、狙うことも絶対にない」
「私たちは、『弱き者の味方』ですからね」

その言い方に、何か引っかかるものを感じた。
けれど、その感覚が何かなんて、今のスザクには気にしている余裕はない。
気づかないふりをして顔を上げると、真っ直ぐに2人を見た。

「……わかった。信じるよ」

敵同士である前に、友達だから。
だから彼らを信じると告げて、目を背けた。
彼らがちらつかせたヒントに、気づかないふりをした。






「疑って、ごめん」

それだけ告げると、スザクはルルーシュたちの下へ戻ることなく、中庭を去った。
その後姿を見つめていたかレンが、呆れたように息を吐く。

「本当に、あいつは馬鹿なのね」
「まあ、ルルーシュもよく言ってるしな。体力馬鹿って」

その隣で、くすくすとライが笑う。
楽しそうなその表情とは対象に、紫紺の瞳には冷たい光が浮かんでいた。

「それに、ルルーシュを引き込むことはないって言うのは嘘じゃない」
「そうよね。だって……」

自分たちが、ルルーシュに引き込まれたのだ。
黒の騎士団に、他ならぬ、彼の呼び声で。

「本当、いつになったら気づくのかしら?」
「いや、案外気づいてるのかもしれないな」
「そう?そうは見えないけど?」
「証拠がない。そして、その証拠を集めたくないってところだろう?」
「あら?どうして?スザクはあんなにゼロを否定しているに」
「でも、ルルーシュは否定できない」

ゼロは許せない。ゼロは間違っている。
そう言い続けているスザクは、けれども否定できない。
ルルーシュという存在を。
彼にとって、何よりも大切な存在である、彼を。

「だから、確信が持てない。証拠が集められない。信じていたい」

そうしていれば、彼の知るルルーシュは『嘘』にはならないから。
ルルーシュのことを、信じ続けていられるから。

「それがルルーシュを傷つけ続けているとも知らずに、ね」

自分が正しいと思ったことしか信じない、愚かな白の騎士。
ルルーシュが大事と言いながら、彼のもうひとつの顔を否定し続け、彼の願いを否定し続ける愚者。

「まあ、スザクが何をしようと知ったことじゃないさ。そうだろう」
「そうね。あなたの言うとおりだわ」

スザクが去った方向から視線を逸らしたライが、カレンに向けて微笑む。
その冷たい、けれども綺麗な笑みに、カレンも同じような笑みを浮かべた。

「あいつが何をしようと、私たちで守ればいいんだもの」

いくらスザクがルルーシュを傷つけようと、ルルーシュを否定しようと関係ない。
その分自分たちが、彼を包み、守り、癒せばいい。

「私たちは、彼の騎士なんだから」

黒の王の騎士は、微笑み合う。
未だ真実に気づかない白の騎士の愚かさを嗤いながら、笑い合う。
それは王に信頼された者の特権。
王を守ることを許された騎士のみが持つことの許された至高の権利。

白の騎士は未だ気づかない。
彼が、それを得ることは、もう決して許されないことを。

2008.7.3